+ Turquoise Day

8番目の曜日に響くシャッターの音

気難しさ



いつもの通りはすっかり冬の色合いに。
雪は積もらなくても、冬のどこか重い雰囲気に「クラシッククローム」は似合うのだろうか。
取り寄せた本を捲ってみると、
このモードはフォトジャーナリストの「濁った色味で撮りたい」という要望に応えたものらしい。
これまでの「心地よい空気感の表現」とは対極にあるもので、「得手不得手の差が激しい」と。
うーん、挑戦のし甲斐があるな、と。半端なまま途中で飽きてしまうことが多いのだけど。
FUJIFILMのミラーレスは、RAWではなくJPEGで撮るカメラらしいので撮る前の設定が全て。
たまに少しトリミングするくらいで、撮ったらリサイズ以外なるべく触らない。
見栄えより臨場感・・・というのがFUJIFILM機に求めていること。
いつものFUJIFILM Xシリーズ普及活動的なエントリになってしまったので、もいっちょ。
世界中の写真家の素敵な写真がてんこ盛り、必見サイト再紹介→『XーPhotographers』

さて。僕は少し気難しいくらいの人と合う。
それはそもそも僕自身が気難しいからであるが、大抵は汎用性に欠けるその付き合いの幅は、
同時に人に邪魔されない気難しい者同士強固な関係を築くことが可能である。
新卒で入った会社は製薬会社で、気難しい先生の名は、イコール超優良ユーザーリストに名を連ね、
今も、ハローワークの敏腕担当者とも気難しさの波長が合い以前から蜜月は続き、知恵袋でもある。
でも感じるのは、気の難しい者同士の場は決して気難しくなどなく、とても単純明快であるということである。
ちょっと取っつきにくい話題や議論をしがち・・・というだけなのだ。
あ、それを気難しいというのか(汗


今日は本の日。記念日ではなくて僕の予定。読むぞよ。



XE2K2862.jpg

この日のアンテナは、ホームレスの人やその持ち物からの電波を受信してたみたいで。
帰ってから写真をモニタ上に並べてみて気付いた。


XE2K3012.jpg

生活品を撮らせてもらったり、おやすみのところをちょっと失敬したり。

僕がドキュメンタリーを撮るとしたら、その延長線上にあるような気がした。

2 Comments

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2016/01/20 (Wed) 18:59 | EDIT | REPLY |   

Don(鍵コメさんへ)  

鍵コメさん、こんばんは

☆ 鍵コメさん

 分類することで、整理することができます。整理できると、人に伝えることが出来ます。
 学問として成り立つようにもなります。
 私は、コミュニケーション手段としての「分類」に異を唱えるつもりはありません。

 気難しい、とか、偏屈、とか、頑固、とか、変わり者、とか、ヒトをそう呼ぶ人たちは、
 「分類」することの危険性に気付いていない、もしくは、自分にしか興味がないのでしょう。
 そして最近では、自分にも興味がなくなってきたものだから、世間からは寛容という言葉が
 消えていこうとしています。人を分類して酷い場合は攻撃対象にしますから、
 自分自身も分類して身を固めないといけないという恐怖心もあるのかも知れませんね。

 何か見切ったような言い方になってしまいますが、誤解を恐れず言うとすると、
 今の仕事に就いて、分類するということの難しさ、怖さを日々感じています。
 そこに行き着くまでの「分類」による後悔を思い知ること多々あったからに他なりませんが‥。
 
 人は人を裁いてはいけないと思います。良いとか悪いとかすぐ決めたがることも含めて
 分類とは既に裁きかけているようなものです。
 便宜上。それも危険性を考慮した上で使いたいものです。
 なので、コメント付のニュース、コメントメインの情報番組、週刊誌、品質に問題がある掲示板…
 最近、私は興味がありません。週刊誌はヌードグラビアだけでいいと思っています。
 
 話がそれてしまいましたが、
 自分は誰のものでもない自分のものなのだから、生きたいように生きたいと思いました。
 偏屈上等です。頑固極上です(笑
 
 鍵コメさんの意図するお話に対してというより、思いついたことを書いてしまいましたが、
 私は、自分を見つめ直してどこかに置き忘れてきた「オリジナル」を探すという行為は、
 分類上どこかに当てはめ、色々な姿をを演じている自分からの一時解放だとも思っています。

 上手く言えませんが、どうぞ「巡礼の年」を愉しんでみてください。
 私もまだまだ巡礼の身。存分に愉しみたいと思います。




2016/01/20 (Wed) 21:14 | EDIT | REPLY |   

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